Mayu Nakamura

この記事はAgile Japan2021のアドベントカレンダー向けに書かれたものです。他のみなさんの記事はこちらから! こんにちは、デジタルプロダクトスタジオustwoでデザイナーをしているMayuと申します。Agile Japan 2021では、Lars RosengrenのAMAでサポートとして参加させていただきました。今年初めて参加したのですが、アジャイルに情熱を持ったみなさんのお話や、Discordで大盛り上がりのコメントが見られて、感激の2日間でした。 Agile Japan 2021 - The Heart of Agile - 講演資料も公開しております。 サテライトオーナーを募集しています。…2021.agilejapan.jp さてこの記事では、いちデザイナーから見たアジャイルの体験について書いてみたいと思います。 私がustwoに入った十◯年前は、会社もまだ「デザインスタジオ」であり、従業員もデザイナーがほとんどでした。クライアント向けにデザインをし、UIスペックを作って納品し、それを受け取ったクライアントの社内IT部門や他の開発企業が形にする、という完全なウォーターフォール。しかし、そのプロセスの非効率性から徐々にデザイナーと開発が一緒に「プロダクトチーム」として動いていく流れになり、社内にも開発メンバーが増えていきます。

この記事はAgile Japan2021のアドベントカレンダー向けに書かれたものです。他のみなさんの記事はこちらから

こんにちは、デジタルプロダクトスタジオustwoでデザイナーをしているMayuと申します。Agile Japan 2021では、Lars RosengrenのAMAでサポートとして参加させていただきました。今年初めて参加したのですが、アジャイルに情熱を持ったみなさんのお話や、Discordで大盛り上がりのコメントが見られて、感激の2日間でした。

さてこの記事では、いちデザイナーから見たアジャイルの体験について書いてみたいと思います。

私がustwoに入った十◯年前は、会社もまだ「デザインスタジオ」であり、従業員もデザイナーがほとんどでした。クライアント向けにデザインをし、UIスペックを作って納品し、それを受け取ったクライアントの社内IT部門や他の開発企業が形にする、という完全なウォーターフォール。しかし、そのプロセスの非効率性から徐々にデザイナーと開発が一緒に「プロダクトチーム」として動いていく流れになり、社内にも開発メンバーが増えていきます。

当時デザインの方もUXデザイナーを中心に「ユーザー中心設計」がようやく馴染んできたころ。そこに開発メンバーが中心になってアジャイルを推し進める流れになっていきました。UXが専門の私は、ユーザー中心設計を社内外で啓蒙しつつ、アジャイルは逆に、開発メンバーに巻き込まれながら学んできたという感じです。本を読んだりして勉強してきたものの、学校できちんと勉強したわけではありませんし、1番の教科書はひたすら実践でした。

実は私は始めの頃、アジャイルが苦手だと感じていました。

今思えば、開発のみんなもデザイナーを巻き込んだアジャイルは初めてだっただろうし、デザイナーはデザイナーでアジャイルの事を全く知らない状態だったので、とにかく手探り状態。よくわからないもの同士が頼るものとして中心に「スクラム」があり、ルールに沿って忠実に進めていました。当時の私のアジャイルの理解はとても表面的で、「2週間スプリントで進める」「プランニングポーカーやる、毎日スタンドアップやる、デモでなんか見せる、レトロスペクティブをやる」…といった「何をするか」だけに意識がいっており、「なぜやるのか」への理解が抜け落ちていました。

アジャイルという、元々開発向けに作られたフレームワークに、*何の理解も考えも無しに*デザインが入るのはやはり辛い!例えば、細かくわけられたユーザーストーリー。開発であればある程度小さなモジュールとして作ることに違和感はないかも知れません。ですが、デザインは全体の調和と細かいあしらいを行ったり来たりしながら進めていくので、いきなり「このスプリントでは、この画面の一番上のボタンだけデザインしてください。他はまだ手をつけないで!」と言われると戸惑ってしまいます。(いや、さすがにそんなリクエストしないでしょ…と思われるかも知れませんが、実話です!)また、プランニングポーカーなども、まだどんなソリューションがベストかわからない状態で「どの位でできそうか予測しろ」と言われても「いや…1でやる方法もあるけどもう少しユーザーにベストな方法を模索したいし…そしたら13かも知れんよ?」みたいな話になってしまい、これでは開発も見積もりできません。げっそりした顔でミーティングルームから出てきた先輩デザイナーが「もうまる1日ポーカーやってるんすけど…」と呟いていた光景が忘れられません。

そんなこんなでデザイナー達はみるみるフラストレーションが溜まっていった訳ですが、「このやり方は馴染まない」という声が上がっても、「古いやり方に固執しないで。アジャイルとはこういうものだから!」と一蹴され、なんだか無理矢理型に押し込められている感じがしていました。

「いや、もうこれはアジャイルとか無理でしょ…」と思っていた私の見方を変えてくれたのが、Larsのトークのテーマでもあった「コーチ」の存在です。

ustwoでアジャイルコーチ文化を引っ張ってきたコーチの一人に、コリン・ライオンズという人がいます。彼と一緒にプロジェクトに関われた事で、私のアジャイルに対する認識は一気に変わりました。コリンは、アジャイルのプリンシプル…つまりハートはしっかり保ちつつ、チームの状況、個人の様子を見ながらアプローチに柔軟性を与える事のできるコーチでした。

Larsの話にもあった通り、プロジェクトの中では

  • 定期的にチームに振り返りの機会を与え、現状を認識し、改善のアクションがきちんと実行されるよう促し
  • チームが何かにつまづいたり、リズムを掴めなかったりしていたら、障害となっているものを見極め、それを無くすために関係各所とかけあい、
  • チームが思考停止していたら、少し角度の違う視点を与えてくれる

といった事をこなしていました。しかも導き方が巧い。人間、自分が考えている事と違う方法を提案されたり、他のチームメンバーと意見がぶつかっている時は感情的に反発してしまうのものですが、そこを「まず1週間試してみようよ。ダメだったらまた変えればいいんだから。」とニコニコ顔でみんなの気持ちを乗せるのです。(どんなニコニコ顔かはぜひ下の動画でご確認ください!)

また、最終的にチームに主体性を持たせてくれていたのも印象に残っています。コーチングでチームに力を与えてはくれますが、決断をして前進するための一歩を踏むのは自分たちなのです。

当時いちデザイナーだった私は気付いていませんでしたが、チームだけでなくクライアント側であるPOのフォローもしていたので、これは相当なコミュニケーション努力だったはずです。人と人とのダイナミクスを見極めた信頼関係作りが圧倒的に巧かったコリンのおかげで、試行錯誤しながらもチームは少しずつワンチームとして成長していきました。

この経験がなかったら、私は今でもアジャイル嫌いなデザイナーだったかも知れません。でも、これが単なる儀式をなぞるものではなく、アジャイルのハートを持ちながらチームとしてベストな選択をし、開発の人たちの隣に座ってアイデアが実現されていく瞬間を一緒に楽しみ、チームとして成長していくことだと学んでから、リラックスしてアジャイルなプロジェクトに取り組み、その楽しさを体験できるようになった気がします。Larsのトークでも触れられていましたが、その後ustwoではアジャイルのハートを元に会社全体のプリンシプルが作られ、文化としてのアジャイルが浸透していきました。

皆さんはどんな「アジャイルとの出会い」がありましたか?日本に帰ってきた今、日本の開発のみなさん、デザイナーさん達とももっとアジャイルの楽しさを共有していけたらなと思っています。また来年のAgile Japanを楽しみにしています!

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デザインReading Clubを始めた理由 「英語って勉強した方がいい?」 他のデザイナーさん達からこの質問をされたとき、以前まで私の答えは 「日々の生活で使わないなら別にやらなくてもいいのでは?」 でした。やりたい事がないと言語学習はつまらないし、身につかない。言葉は手段であって、目的ではないからです。ですが、最近は少し考えが変わっています。英語の勉強はしなくてもいいと思います。でも英語への抵抗感を減らす事ができればもっとデザインの世界が広がるのでは?と思うのです。 インターネットが進めた情報の民主化により、様々な情報リソースに簡単にアクセスできるようになりました。ですが、インターネット上で使用されている言語は60%が英語なのに対して日本語は2%程度だそうです。英語のコンテンツを諦めるということはネットの60%の可能性を諦めることでもあります。 デザインの世界でもこれは同じです。特にデジタルプロダクト開発の業界は情報が更新されるスピードが速く、その多くは最先端を走るシリコンバレーなどテック界隈が情報発信する英語圏内で起こっています。最新の情報が議論されるデジタルプロダクト・デザイン系のカンファレンスも、英語で開催されるものが圧倒的に多いです。パンデミックによりこれら多くのイベントがオンライン開催になり、(時差の問題はあるものの)参加しようと思えば日本からも参加できます。最先端の情報をリアルタイムに得られるチャンスです。同様に、オンライン学習のトレンドも進み、質のいい学習コンテンツに地球上のどこからでもアクセスできるようになりました。ですが、日本語でフィルターをかけてしまうと、ヒットする情報の数もかなり減ってしまいます。

習うより慣れよう
習うより慣れよう

デザインReading Clubを始めた理由

Photo by Clarissa Watson on Unsplash

「英語って勉強した方がいい?」

他のデザイナーさん達からこの質問をされたとき、以前まで私の答えは

「日々の生活で使わないなら別にやらなくてもいいのでは?」

でした。やりたい事がないと言語学習はつまらないし、身につかない。言葉は手段であって、目的ではないからです。ですが、最近は少し考えが変わっています。英語の勉強はしなくてもいいと思います。でも英語への抵抗感を減らす事ができればもっとデザインの世界が広がるのでは?と思うのです。

インターネットが進めた情報の民主化により、様々な情報リソースに簡単にアクセスできるようになりました。ですが、インターネット上で使用されている言語は60%が英語なのに対して日本語は2%程度だそうです。英語のコンテンツを諦めるということはネットの60%の可能性を諦めることでもあります。

デザインの世界でもこれは同じです。特にデジタルプロダクト開発の業界は情報が更新されるスピードが速く、その多くは最先端を走るシリコンバレーなどテック界隈が情報発信する英語圏内で起こっています。最新の情報が議論されるデジタルプロダクト・デザイン系のカンファレンスも、英語で開催されるものが圧倒的に多いです。パンデミックによりこれら多くのイベントがオンライン開催になり、(時差の問題はあるものの)参加しようと思えば日本からも参加できます。最先端の情報をリアルタイムに得られるチャンスです。同様に、オンライン学習のトレンドも進み、質のいい学習コンテンツに地球上のどこからでもアクセスできるようになりました。ですが、日本語でフィルターをかけてしまうと、ヒットする情報の数もかなり減ってしまいます。

また情報の民主化ということは、情報の発信元も増えているということです。いわゆる「権威」と言われるようなアカデミアからだけではなく、日々現場でデザインを実践している人たちがその経験・学びをシェアし、そこから議論が生まれ、次の進歩につながるというサイクルが、今までにないスピードで起こっています。多様な視点をもった人たちが多彩な考察を持ち寄ることで、革新的なものは生まれます。情報のシェア、議論、実践は、テック界隈のイノベーションの原動力です。もちろんそれは日本語でも起こっている事ですが、英語での情報にもアクセスできれば、さらに広い視点や議論に出会えることになります。

抵抗感を減らすってどういうこと?

例えば、ある程度のボリュームがある英語の文章を見たとき、どんな感じがしますか?宿題に向かう気分?完全には理解できなくてモヤモヤする?サクッと読めないから今は時間がない?そもそも脳内でフィルターアウトしてる?

私も長年仕事で英語を使っていますが、それでも日本語の方が読むのは断然速いです。自分の語彙力では理解できない記事にもよく遭遇します。どうしても日本語よりも負荷がかかる。日本語の文章を目の前にした時と比べて、小さな「抵抗感」を感じます。これは英語が第二外国語である限り消えないのだと思っていますが、少なくともそれを意識しない事はできます。「ま〜しょうがないよね」と諦めて気にしないようにしている感じです。

抵抗感を「減らす」という表現は、少し違うのかもしれません。抵抗感に支配されない。そのためには「その言語を勉強してマスターしようと頑張らない」事を心がけています。最初に書いた通り、結局のところ言語はコミュニケーションツールです。文法をマスターしたり、完璧に聞き取れるようにならなくても、相手の言いたい事がわかればいい。自分の言いたい事が伝わればいい。相変わらずaとtheは正しく使いこなせないけど、まぁいいや*。最近ではDeepLのような精度の高い翻訳ツールもあり、使えるものはなんでも使って、60%の知的リソースにアクセスできればいいのではないでしょうか。

*どうでもいいという訳ではなく、もちろん文法もボキャブラリーもできたらできたで役に立つ事は申し添えておきます。

定期的に英語の記事に触れる

それでも「抵抗感」を小さくするには、筋トレのようにある程度日頃からその言語に慣れている事も必要です。デザインReading clubを始めたのは、みんなで小さな「英語筋トレ」ができたらいいなと思ったからでした。ここでは英語ができるかどうか自体はあまり問題ではありません。みんなでお題の記事を読みながら、思う事をおしゃべりしている会です。逆にまた、英語ネイティブの方達も、日本語でのデザインディスカッションに触れる機会になると嬉しいです。

翻訳ツールを使ってもいいですし、ちょっとデザインの面白そうな記事を読んでみて慣れる事が目的です。「抵抗感」が少なくなってきたら、そのうち気になった段落だけ読もうとしてみてもいいかも知れない。会で取り上げられた記事以外にも、自分でもタイトルだけざっと眺めて、面白そうな記事をクリップしてみたり、デザインを話す時に出てくるキーワードだけ覚えてみたり、そんな風な変化が出てきてくれたら嬉しいです。

今のところ会場はClubhouseです。色々考えるところがあってこのプラットフォームにしているのですが、それはまた次の記事で。もし興味があればぜひ参加してみてください。

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日本でもNotionが流行ってきているらしいですね!Notionいいですよねぇ。私は数年前に同僚に教えてもらって使い始めました。当時はチームのWikiとして使おうとしていたのですが、オーバーエンジニアリングだったのか結局みんなあまり使わなくてフェードアウト。でも個人ではとても気に入ってしまって、プライベートのアカウントで使い続けています。

Life Wiki、と呼ぶのかどうかはわかりませんが、とにかく何でもかんでも情報を放り込んでいるので、今日はどんな風に使っているのかをシェアしたいと思います。

Photo by Daniel Fazio on Unsplash

まず、構成はこんな感じ。

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前回第一印象でFOMOやDrop-in、雑談の話をしましたが、その後英語圏のRoomなど色々入ってみて少しまた印象が変わりました。ちなみにどんな部屋に入ってみたかというと、

・AIの未来
・脳波を使ったUIの技術はどこまで進んでいるか
・東京のVCと日本のスタートアップの状況について
・量子コンピューターの今
・アートとデザインは何が違うのか?
・Minimum Lovable Product 対 Minimum Viable Product

など。若干ネタが偏っているのは恐らく登録した時に選んだ私のinterestのせいかと思いますが、まぁそれはさておき。

量子コンピューターの話なんか家事しながら英語で聞いてもサッパリわかりませんでしたが、とりあえずどの部屋でも共通しているなと思った点:

・モデレーターがきちんとしている。話を進めるだけでなく、コミュニティのガイドラインを守らせる役割までしている。
・入った途端に「手あげる?」と通知が来たりと、積極的にオーディエンスにも発言を求めている。
・スピーカーもオーディエンスも性別、人種、国籍などアイコンをみる限り多様。

部屋によって多少噛み合ってる、噛み合ってない感じがあるものの、どこも活発な議論が行われていました。そこで何となく思ったのは

これ音声版Twitterではなく、どちらかというとMediumなのでは?

知識のシェアという行為の民主化

かつて知識や教育は特権階級だけのものでした。大学や教会は一般人にはわからない言葉を使い、入る事ができる人間を制限し、知識を独占していました。今はその頃に比べれば幅広い層の人々に学ぶ場が開放されているものの、過去の名残はあります。権威主義は社会の至る所に残っていますし、役職が上の人の発言しか採用されなかったり、就職するにも学歴主義、受験競争だったり、そもそも生まれ持った属性(人種、性別など)によって教育・知識へのアクセスの難しさが決まってしまうという現実もあります。

ですがインターネットの時代になり、情報はどんどん民主化されてきていますMediumはプロのジャーナリストや、そうでない人たちが混ざって記事を公開するソーシャルジャーナリズムの代表のようなプラットフォームですが、デザイナーにとってもただのブログ公開の以上の意味がありました。特にUIデザインのように形として自分の仕事を見せにくいインタラクションデザイナー、情報デザイナー達は、Mediumにアカウントを作り、自分の価値観、考え方、アプローチなど、自分のキャリア形成のためのツールの一つとして情報発信を始めました。

大事なのは、そこにタイトルやキャリアの上下はなかったという事です。新人でもいい、どこの大学出身でもいい、自分の考えをシェアし、時には反論し、ディスカッションする。「誰が言っているか」ではなく、「どんなメッセージが発せられているのか」にみんなの目が行くようになりました。近年のデジタルデザイン業界の流れはそういったオンライン上のディスカッションで国境も関係なく進んできている気がします。もちろんDon NormanAlan Cooperのような「権威」もいますし、尊敬されていますが、彼らも含めて常に議論が起こっている状況です。(Alan CooperのTwitterでのキレ芸?とデザイナーたちの応酬はなかなかの見ものです。)

ちなみに、欧米社会で人種差別の問題が大きく注目されていることもあり、デザイン業界では”democratizing design (デザインの民主化)”や”decolonizing design (デザインの被植民地化)”は数年前からのホットトピックです。興味がある方はKawachiさんのこんな素晴らしい記事もあるので覗いてみてください。

Clubhouseも民主化を目指している?

さてClubhouseに話を戻します。私のようなサッカーファンは「クラブハウス」と聞くとサッカークラブの拠点を思い浮かべてしまうのですが、もう少し大きな意味では会員制クラブのようなコミュニティの拠点の事です。古くはイギリス、大英帝国時代に階級の高い男性だけが入れた特権階級文化の権化のような社交クラブ。実は最近そういった会員制クラブの現代版があります。ロンドン発祥、クリエイティブな人々のための会員制クラブ”Soho house”などがその例です。伝統の会員制クラブ*ほどは*入会金も高くなく、スーツお断りなど、誰にでも親しみやすい雰囲気を備えつつ、「クリエイティブ」という共通の価値観を持った人たちが集まってくる場所です。私も友人に会いに何度かブランチであるShoreditch houseに入った事がありますが、カジュアルな格好で入れるし、オッサレーな居心地のいいカフェ、という印象でした。(そのかわりダサい格好と思われてないかな、というプレッシャーはすごくある。)

(そっか、あまりググっても写真出てこないなぁ〜と思ったら確か写真撮影禁止だったっけ…?)

ここからはClubhouseのポリシーなどを読んだ上での憶測でしかありませんが。Clubhouseが上記のような「良質の会話ができる場所」をデジタル民主化させようとしているのだとしたら、興味深いと思うのです。Roomのデザインを見ると、使われているメタファーはどちらかというとパネルディスカッションのようなものですが、それも「質の高いディスカッション」という点に変わりはありません。カンファレンスというのも貧富の差でバリアがあったり、登壇者を今までの支配構造を継承した人たちが独占しがちという面もあります。その点Clubhouseは地理的な障壁も社会的な構造も破りやすい。Mediumがそうだったように、「誰が話しているか」ではなく「何が話されているか」に大きくスポットライトが当たる音声コミュニティ体験なのかもしれません。

日本での広がり方

そう考えると、日本のように「Twitterの音声版」として既存のパワー構造の上の方にいる人たちがそのままスライドシフトしてくるのは、若干もったいない気もしています。もちろん普段見られないコラボが見られるとか、有名人との距離が近くとかそういった面も面白いかも知れませんが、それだと既存メディアとあまり構造が変わらない気がするのです。

とはいえ、日本語圏でもみんな慣れてきて、興味深い話をしている部屋も多くあるので、今後が楽しみではあります。数週間前の熱狂も少し落ち着いてきたようだし。

民主化か、クローズドか

ところで、もしClubhouseが知識や議論の民主化を目指しているのだとしたら、招待制だったり、iOSのみだったりで不公平感を作ってしまっているのは皮肉なことでもあります。また前回書いた通り、FOMOを煽るような体験はやっぱり好きになれません。

招待制が、会話の質を担保する狙いなのか、プレミア感を出しユーザーを取り込む作戦なのかはわかりません。ですが、アプリの簡素な機能群や、人数が増えると落ちまくるサーバーのキャパシティを見ると、おそらくMVPで出しているんだろうと思うので、もう少し長い目で見て続けたいかどうか判断したいなと思っています。ソフトウェアは進化し続けるものですので、現状だけで判断するのは少しもったいない。作り手の考え方を理解するために、本当はファウンダーの話直接聞きたいんだけどな〜時差の問題なのか、Room開いているところに遭遇できないです。

(2021年2月21日追記) ようやくファウンダーの1人であるPaul Davisonが話しているところを聞けました。やはりキーワードはdiversityとmeaningful conversationsのようです。Android版も開発中とのこと。テンション高かった。

Photo by Laureen Missaire on Unsplash

長くなってしまいましたが、まぁ民主化だの堅い事書いたものの、毎日徳の高い話を聞き続けるのも疲れてしまうので、前回書いたように雑談楽し〜みたいな体験だけでもいいような気もする。私が以前体験したように、気の合う友人と、美味しいコーヒーを飲みながらデジタルデザインのあり方からこの間見たスターウォーズの感想まで、気が向いた事を話せばいいのですね、きっと。それにしても久しぶりに考えを深めてくれるプラットフォームが出てきたなあ。これについてClubhouseでお話したい人、いません?

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日本で話題になっているClubhouseですが、使ってみたのでメモします。先に「む〜?」と思った事を書きますが、面白いなと感じている事も書きます。ちなみに私は内向的(Introvert)人間で、電話とか、知らない人とのスモールトークが苦手です。Clubhouseの第一印象は「無理無理無理無理無理」でした。(でもデザイナーとしての好奇心が勝った。)

む〜?😒と思う事:

FOMOを煽る体験。これは日本での変な盛り上がり方のせいかな、とも思うけど、招待制である事も含めてFOMO(Fear of missing out)を煽る事でユーザーを集めている印象。数年前からFOMOのメンタルヘルスへのインパクトの話は多数あるので、新しいプラットフォームがそのど真ん中をいく体験設計なのはエシカル的に残念。もちろんそこだけを狙っている訳じゃないとは思うんだけど、デザインする時に違う選択もできるはず。でもしていない。

アテンションエコノミー。通知が多い(らしい、私は切ってしまった)。もちろん他のSNSもそうだけど、ユーザーのエンゲージメントを獲得するためにとにかく意識を向けさせる仕様なのはどうなのかな〜。AppleのScreentimeとかその問題に取り組む流れになってると思ってたのだけれど。(ちなみに我が家のattention seeking競争で一番強いのは飼い猫の”meow” 😺。)

モチベーション。逆に通知を切ってしまったり、フォロー数が少ないと、開くタイミングがあまりない。自分の都合のいいタイミングで開いても面白そうなRoomとのタイミングに合ってなかったりしてすぐ閉じちゃう。まぁだからそこでFOMO登場なのだろうけど。

面白いなと思う点:

正にDrop-in体験。インストールしてすぐは「いや〜introvertには怖すぎてRoom入れないでしょ」と思っていたんだけど、入ってみるとモデレーターなどの役割がしっかりあって、”drop-in/out”という行為が気軽にできる設計になっているので、意外と気兼ねなく入れる。こっそり入ってこっそり出る。イベント系のRoomは家事でもしながら聞くのもいいかなと思うけど、去年からAudible聴くのがお気に入りになっているので、そことのエンゲージメント勝負。ファイッ。

雑談が戻ってきた。電話番号で招待、という所から本当はこれが一番の狙いなのでは?と思うのだけれど、近しい人とまったり話すのは自粛で会えなくなった事もあってとても楽しい。でもここまでは単なる「友達と電話」で、そこからRoomを公開にして他の人もdrop-inできる、というのが新しい体験かなと思う。なるべく小さくても意味のある会話、本当に楽しめる会話をして、そこからじわ〜っと人の輪が増えていく感じなのであればとても面白そう。繋がりの数ではなくて、質を重視したい…というのは私がLinkedInで流れてくる投稿を楽しめている理由でもあると思う。

たくさん流れてくる分析記事もいくつか読んでみましたが、みなさん大体似たような事を感じているのですね。ちなみに私はClubhouseに限らず、日本のデザイン業界の「working hour外のFOMO煽り」はちょっと問題じゃないかな〜と思ってるのですが、それはまた別の機会で。

急いで繋がりを増やすのではなくて、本当に話したい人とまったり話したいと思っているので、興味がある人は声かけてください👋 今興味あること:日本で奮闘している女性デザイナーさんたちと繋がりたい、日本語・英語まぜこぜで話したい、デジタルでどんな楽しい世界が作れそうか話したい、などなど。

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今、Caroline Criado Perez著のInvisible Womenという本を読んでいます。まだ読み終わっていないにも関わらず面白いので色んな人に勧めてしまっているのですが、この本を読みながら、また日本の状況を見て思った事があるので、女性として、デザイナーとして、自分の考えの整理も兼ねて、書いて見ることにしました。 大まかに分けると2つ。それは 男女平等って言葉、雑すぎない? デザインが貢献できる事たくさんあるのでは? ということ。 ニーズに対応できていないデザインが不平等を生む 「男女」という言葉を聞いてまず思い浮かべるのはセクシャリティの意味の方が強いのではないかと思います。セクシャリティの定義は ある個人(individual)が女性、男性、あるいはそのどちらにも属さない性(インターセックス)であるかを規定する生物学的な特徴の総称です。(UN Womenのサイトより) 生物学的な話なので「違いがある」=区別になります。女性に生理があり、妊娠して、子供を産むという点で男性と違う事は否定できません。なので、「男女平等」という言葉に対して一部の人は、「違いがあるんだから、同じように扱えなんて無理でしょ」と考えてしまうと思います。

ジェンダーギャップと、ユーザー中心と、エシカルデザインと
ジェンダーギャップと、ユーザー中心と、エシカルデザインと
Mayu Nakamura

Mayu Nakamura

Digital product design lead @ustwo. Believes in UCD. Mindfulness padawan. Music, SciFi, Crime fiction addict.